| 始めに | ||||||
| 琵琶湖周航の歌は、長い間、作曲者不明のまま多くの方々に愛唱されてきました。 既に、高島市のホームページや書籍・文献などで発表されており、ご存知の方も多いと思いますが、作曲者(原曲)が吉田千秋であり、生誕の地が新潟県です。又、作詞者である小口太郎氏は長野県岡谷市の出身です。 この様に、滋賀県民のみならず全国民に時代を超え今も尚、歌い継がれていることは、この誕生の地である高島市今津町の宝物であると共に長野、新潟両県の誇りでもあります。改めて、故郷滋賀との強い絆を感じています。 この度の「琵琶湖周航の歌の誕生は・・・」の制作にあたり、下記の各位の皆様方から取材及び資料の転載、調査、ご紹介などにおけるご許諾、ご協力を頂きましたことに対しお礼を申し上げます。 事務局 市井 康三 |
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| ・吉田文庫様 ・新潟市秋葉区役所様 ・「ちあき」の会様 ・新潟県立図書館様 ・琵琶湖就航の歌資料館様 ・高島市役所 様 ・環境を守るいまづの会様 ・高島市役所 今津支所様 ・阿賀野市立吉田東伍記念博物館様 「ちあき」の会様から頂いた資料の転載文章の中で、一部変更いたしました。 |
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| 琵琶湖周航の歌の誕生 | ||||||
| 大正6年、旧制三高(現京都大学)のボート部員が 琵琶湖周航の途中、湖畔の今津で宿をとった。 その夜、部員の小口太郎が一片の詩作り、部員に紹介した。部員達は、当時学生達の間で愛唱されていた「ひつじぐさ」というメロディにこの詩を乗せて歌った。「琵琶湖周航の歌」誕生の瞬間でした。 琵琶湖の美しい自然と多感な青春、周航のロマンを情緒豊かに歌い上げたこの歌は高島市今津町で 生まれました。多くの歌手や演奏家などにより、広く国民に親しれています |
〔琵琶湖周航の基地・今津港〕 周航の歌が刻まれた碑が建てられ、桟橋の突端には「赤い泊り火」がある。 太古からこの美しい琵琶湖の風景が、周航の歌を生んだ。 |
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| 琵琶湖周航の歌 作詞 小口 太郎 原曲 吉田 千秋 | ||||||
| 1.われは湖の子 さすらいの 旅にしあれば しみじみと のぼる狭霧や さざなみの 志賀の都よ いざさらば 2.松は緑に 砂白き 雄松が里の 乙女子は 赤い椿の 森影に はかない恋に 泣くとかや 3.波のまにまに 漂えば 赤い泊火 なつかしみ 行方定めぬ 波枕 今日は今津か長浜 |
4.瑠璃の花園 珊瑚の宮 古い伝えの 竹生島 仏の御手に いだかれて ねむれ 乙女子 やすらけく 5.矢の根は 深く埋もれて 夏草しげき 堀のあと 古城にひとり 佇めば 比良も伊吹も 夢のごと 6.西国十番 長命寺 汚(けが)れの現世(うっしょ) 遠く去りて 黄金の波に いざ漕がん 語れ我が友 熱き心 |
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| ♪琵琶湖周航の歌をウクレレで弾いてみませんか | ||||||
| 伴奏&ソロ(タブ譜)コード | ||||||
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●ソロ演奏での留意点 |
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| 琵琶湖周航について | ||||||
| 旧制三高では明治26年に初めて琵琶湖周航が行われ、以後学生達による恒例行事になっており 昭和15年まで行われていました。 三保が崎から西岸を北上する時計回のコース で、4泊5日、もしくは3泊4日の日程。 |
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| 旧制三高では明治26年に初めて琵琶湖周航が行われ、以後学生達による恒例行事になっており 昭和15年まで行われていました。 三保が崎から西岸を北上する時計回りのコース で、4泊5日、もしくは3泊4日の日程。 |
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日本独自の競漕艇で、固定席であるためフィックス艇と呼ばれます。安定性があるため琵琶湖周航 にも使用されましたが昭和40年代に国体などでの 競技種目からはずれ利用が減少、姿を消しました。 |
![]() 〔フィックス艇〕 全長13.7m 幅1.25m 乗員は 漕手6人,コックス1人 |
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| 高島市今津町では、琵琶湖周航の歌の誕生の 6月28日に近い日曜日に音楽祭開催されています。滋賀県内はもとより近県から多くの合唱団 が集まり、琵琶湖周航の歌で一色になる。 | ||||||
| 館内には、WATER LLIESを始め・七里ガ浜の 哀歌・ひつじ草・琵琶湖哀歌など全26曲が聴ける。 コーナー、当時の今津の様子を示す貴重な写真の展示コーナー、小口太郎・吉田千秋のコーナー、ヒツジグサのパネル展示コーナーフィックス艇展示コーナーが設置されています。 平成19年全国滋賀県人会連合会定時総会の行事「故郷訪問旅行」の観光コースに組み込まれました。 |
〔琵琶湖周航の歌資料館(今津町観光協会)〕 |
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| ■6月16日(土)〜17日(日)[琵琶湖周航の歌開示90周年記念事業]として 、クルージング、講演会、音楽祭が盛大に開催されます。 |
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| 作曲者さがし | ||||||
| 昭和46年、歌手加藤登紀子が歌った「琵琶湖周航の歌」が大ヒットした頃、作詞・作曲者が不明、ないしは共に小口太郎と楽譜等に記載されていた。その頃「本当の作曲者は誰なのか」ということへの関心が関係者の間で高まっていた。 昭和50年頃「琵琶湖周航の歌」の原曲は「ひつじぐさ」という曲であると判明。さらにその5年程後には、その作曲者が吉田千秋という人物であることが突き止められた。しかし、人物像は全く不明であった。「幻の千秋」と言われながら時間だけが過ぎて行った。 平成5年、今津町では「琵琶湖周航の歌」開示75周 年の記念事業が「幻の千秋」のまま準備されていた。 そのさなか、「吉田千秋は大正4年に東京から新潟に 転居している」との手がかりに「作曲家の消息を教 えて」の記事を新潟日報に載せ、最後の望みを託した。 |
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| 吉田 千秋 | ||||||
| その記事が、千秋の父親吉田東吾博士の研究者の目に止まった。「東吾博士の二男に間違いない」。歌が歌われてから75年目の夏、その時、吉田千秋が初めて世に出たのである。 | ||||||
〔東京府立第四中学校卒業当時(17歳)〕 |
・明治28年2月18日 旧新津市大鹿に生れる ・明治30年 2歳 父の元へ上京 ・明治34年 6歳 小学校入学 大 鹿へ転校 ・明治45年 17歳 東京府立第四中学校卒業 東京農業大学 予科入学 ・大正3年 19歳 病気の為退学 ・大正4年 20歳 帰郷 「ひつじぐさ訳詩作曲 「音楽界」 に発表 ・大正6年 22歳 大鹿教友会(キリスト 教)で賛美歌指導 ・大正7年 23歳 方言研究、 父東伍死去 ・大正8年2月24日 24歳で死去 |
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| 千秋の歩み | ||||||
| 千秋は小さい頃から、外国語、地理、動物、植物、天文、博物学に興味を持ち始めました。外国語は7ヶ国語ほどを使い、盛んに海外文通をしました。 ローマ字にも関心を示し、後に学者と誌上論争したこともありした。 又、日本語を大切にし、「海泡集(うみあわしゅう)」という 自作の和歌を遺しています。 一方では綿密な挿絵をいれた自筆の動物分類学」 「鳥類分類学」等をまとめたりしました。又、自宅の 敷地に小さな花壇を作り「吉田農園」「大鹿野園」と 名付けて色々な花を植え、栽培記録を書いています。 |
〔鳥類分類学〕動物・植物の図鑑はそれぞれの特徴をよく捉え、細部まで描写されている |
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| 20歳の時です わくわくしながら毎日を過ごす彼は次第に咳や微熱に悩まされるようになりました。それでも19歳の初春には京都、伊勢を旅行することが出来ました。この時、琵琶湖を見たかも知れません。 やがて肺結核 の為退学すると短い間、入院しました。そこでキリスト教と賛美歌に触れて音楽に傾倒し、自作の曲や歌詞を披露することになりました。 彼が英国の詩Water liiesを翻訳したのは18歳の時でしたが、この訳詩に自分でつくった曲をつけた「ひつじぐさ」が「音楽界」に掲載されたのは20歳の時です。 |
![]() 〔音楽界・大正4年8月号〕 |
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| 彼は11歳から小冊子「SHONEN」を何号も 手作りし天文、動物等について書ました。それは彼と仲間達との回覧誌「AKEBONO」に発展しす。 ここで彼は宗教を論じ、歌を作り、挿絵を書き、花つくり日誌を連載し・・・と様々な事柄を毎号書き続けました。いつも病勢の悪化にさいなまれなも、彼にとってこの世は光と喜びに溢れていたのでしょう・・・。興味と探究心は尽きることがありませんでした。 彼は村のキリスト教の集会に参加して賛美歌の指導をしました。彼が作曲した「ふるさとちかし」は何年も歌い継がれました。又、子供達の 手書きのカルタには、きれいな花が咲き、コミカルな妖怪たちが踊っています。 〔回覧誌〔AKEBONO・17号表紙〕55号まで発行され、没後には追悼誌も出されている |
上 〔SHONEN・200号〕 下 〔カルタ〕
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| けれども、熱意を持って始めた方言の研究を続ける時間は無かったのです。 23歳の秋に東京で絶望的な自分の病状を知ると故郷に戻り、出迎えてくれた祖父母に挨拶しました。「どうせ死ぬんなら大鹿でと思って帰ってきました」。 彼が永眠したのは24歳になったばかりの2月。自ら慈しんだ小さな花園に春が来るのを待たずに・・・。 |
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| 秋が植えたアジサイやスイセンが、今も生家に咲き続けている。 二階の自室からは樹々の間から秋葉山、そして 田上の山々が見渡せた。しかし広い閑寂な環境も千生ながらえさせることはなかった。 生家で亡くなるのは24歳。ひつじ年に生まれ、ひつじ年で亡くなっている。 千秋の生家は平成15年、国の登録文化財の指定を受けた。地方の宝の一つとして、これからも活用されていくことだろう。 |
〔生家(非公開)・新潟市秋葉区大鹿〕 |
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ひつじぐさ |
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| 名は開花時刻が未の刻(午後2時頃)であることに由来する。日本で自生する唯一のスイレンであるが、絶滅が危惧されている。 英詩「WATER?LILIES」の千秋の訳詩が「睡蓮(ひつじぐさ)」である。この訳詩に自作の曲をつけたのが「ひつじぐさjとなった。 |
〔ひつじぐさ(未草)〕 |
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| 睡蓮(ひつじぐさ)」 吉田 日車譯 (ひぐるま・千秋のペンネーム) おぼろ月夜の 月あかり かすかに 池の おもに落ち 波間にうかぶ 数しらぬ ひつじぐさをぞてらすなる 雪かとまがふ 花びらは こがねのしべを 取りまきつ なみの間にまに ゆるげども 花の心は なみだたず |
風吹かばふけ そらくもれ あめふれ 波たて さりながら あだ波のした そこ深く 萌えいでたりぬ ひつじぐさ |
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「環境を守るいまづの会」様のご紹介 |
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| 1.発 足 1990年 「今津町の水環境を守る推進協議会」として発足 1998年 「環境を守るいまづの会」に会名称変更 2.会の活動目的 ・水環境の浄化 ・資源の確保 ・循環型社会環境の構築 3.会員数 40名 4.事務局 高島市役所 住民課 窓口環境グループ 所在地 〒520-1692 滋賀県高島市今津町弘川253番地 Tel 0740-22?2551 Fax 0740-22-3862 5.会 長 松見 茂 6.栽培部長 山形 忠 7.会の組織 ・栽培部 ひつじぐさの増殖 ・実践部 湖岸・河川の美化 ・メダカ部 「メダカの学校」の復元 ・広報部 循環型社会環境構築の為の啓発広報 広報誌「ひつじぐさ」の発刊 今津町全戸に配布 |
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| 8.広報誌「ひつじぐさ」より ‘今津と新潟・長野の絆’の関連記事 “なぜひつじぐさなのか” <2001年8月発刊> ・きれいな水を好む ?ひつじぐさは「水とみどりの町」今津のシンボル? ひつじぐさはきれいな水を好み、窒素やリンが多く有機物の多い冨養化した水域では育ちません。ひつじぐさが育つということは、そこの水質がよいということを示しています。自然風土と共生する生き方や地域づくりを追及している「水とみどりの町」今津に住む私達は、いろいろな水域にヒツジグサの花が見られるように水質浄化に努めたいものです。 “新津市(現新潟市)に贈ったひつじぐさが友好の花を咲かせる” 2001年6月24日今津文化会館で開かれた「琵琶湖周航の歌」音楽祭に新潟県新津市(現新潟市)の方々が参加され「ひつじぐさが」を熱唱されました。 新津市は、「琵琶湖周航の歌」の原曲である「ひつじぐさ」の作曲者吉田千秋氏の出身地であり、今津で「ひつじぐさ」を歌われた市民の中に吉田千秋氏の生家に学区のある小合(こあい)中学校の生徒達が含まれていました。 事前に、小合中学校から「吉田千秋の生誕地にひつじぐさを増やしたいので株を分けて欲しい」という申込があり、新津市の方々が「ひつじぐさ」を歌う直前にステージで贈呈式を行いました。 松見会長と山形栽培部長から小合中学校生徒に、ひつじぐさの苗12株と「環境を守るいまづの会」が発行した冊子「ひつじぐさをふやしませんか」を贈り堅い握手を交わしました。 その後、小合中学校からお礼とひつじぐさの育て方に対するいくつもの問い合わせがファックスでありまし た。 その一ヵ月後、学校、市役所他で株を分け栽培し花を咲かせ生徒や地域の方の目を楽しませている。これからもどんどん増え、花をつけ生徒や地域の方に見て頂く事を楽しみにしているとの メッセージがありました。 “ひつじぐさの苗を小口太郎のふるさとへ贈る”<2003年9月発刊> 「琵琶湖就航の歌」開示85周年を記念して、東コミニュティーセンターでは、6月中、「千秋と太郎の出会いの日特別展示会」が催されていましたが、その展示最終日の6月29日に展示小会場において、岡谷市にヒツジグサの苗を贈りました。信州の真ん中、諏訪湖藩畔に位置する岡谷市は、「琵琶湖周航の歌」の作詞者小口太郎生誕の地です。この岡谷市から、小口太郎顕彰碑保存会の小口慶一氏、岡谷市商業観光課長宮澤保仁氏他3名計5名の方々が今津町に来られました。この方々に松見会長より「ヒツジグサの栽培を通して岡谷市、新津市(現新潟市)、今津町が更に深く結ばれたい。」と挨拶をして、会で編集した冊子「ヒツジグサをふやしませんか」を贈りました。又、山形栽培部長より八本を手渡しました。 岡谷市の冬は気温が零下20度まで下がるそうで、冬の対策が問題です。 |
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睡蓮忌 |
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| ・「ちあき」の会事務局 〒956-0004 新潟市秋葉区大鹿624 吉田文庫 内 Tel&Fax 0250-23-7070 ・「琵琶湖周航の歌資料館」 〒520-1622 滋賀県高島市今津町 中沼1-5-7 Tel&Fax 0740-22-2108 ・「吉田千秋研究I吉田千秋と植物」 倉重祐二著(吉田 文庫) ・「琵琶湖周航の歌誕生の謎 作曲者吉田千秋の遺言」 小菅宏著(NHK出版) |
・「小口太郎顕彰碑」(長野県岡谷市岡谷湖畔園) |
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