夏!ハワイアンです      

 私がハワイアン音楽に出合ったのは、勤め先のクラブ活動でハワイアンバンドに参加したことがきっかけとなりました。その後、大橋節夫の「倖せはここに」がリりーズされ 瞬く間に大ヒットしました。
 ハワイアンの全盛期、東京銀座4丁目のハワイアン喫茶「銀座タクト」ではプロのハワイアンバンドが出演していてよく通ったものです。

 ハワイアン音楽を日本に伝え根付かせた日本で最初のハワイアンバンドは、八ワイから来日した灰田晴彦勝彦兄弟、バッキー白片(1912~1994)二人の功績は大ですが、もう一人、日本ハワイアンの発展に貢献した人を忘れてならないのが大橋節夫(1925~2006)です。
 
 日本のハワイアンバンドは数多くありましたが、署名なバンドでは灰田勝彦(晴彦)とモアナ・グリークラブ・バッキー白片とアロハ・ハワイアンズ・大橋節夫とハニーアイランダース・ボス宮崎とコニー・アイランダース ・ 山口軍一(銀次)&ルアナハワイアンズ・白石信とナレオハワイアンズ・和田弘とマヒナ・スターズなどが活躍しました。

 ここでは、ファンであったバッキー白片と大橋節夫の二人を採りあげてみました。 
 どちらも戦後のハワイアン・ブームを築 いた功労者であり、ライバルとして君臨しつつも、互いに尊敬しあ っていました。ともに進駐軍<スペシャルランクA>の実力者 、ソングライターとしても多くの曲を持つ二人、その夢の競演は、 1991年、大橋(コロムビア)、バッキー(テイチク)というレーベ ルの枠を超えてついに実現、お互いのオリジナルを交換、あるいは 共演しました。 二人のコラボはPart3で)
 
 40余年ほど前、横浜勤務時代、偶然にもJR横浜駅西口で「バッキーが弾き、オッパチが歌うコラボ」に
出会いました。急いでいましたので、5~6分間2曲しか聴けませんでしたがうち1曲は「南国の夜」。二人の演奏を聴いたのはこれが最後でした。
                                                   2016.7.26
                                                    新潟滋賀県人会
                                                       市井 康三
Part_1 バッキー白片とアロハ・ハワイアンズ

「銀座タクト」に通ったころのメンバー(画像クリック→拡大)
 日本に初めてリッケンバッカーのエレクトロニック・スチール・ギターを持ち込み、いわゆる“バッキースタイル”と呼ばれるAmチューニングでハワイアン、ジャズ、歌謡曲と何でも弾きこなし、切れの良いアドリブ奏法は圧倒的な人気を博した。 
 現在でも、“バッキースタイル”を継承する根強いファンが全国に存在している。
  1994年9月13日逝去。享年82才。1998年 勲四等瑞宝章受章
 * このサイトでは 有名な曲は少な目にして選曲しました。
 曲名  解説
  01 ハワイアンパラダイス_windows media player “Aloha !This is Buckie Shirakata and Alloha Hwaiians I hope enjoy”バッキーのナレーションで始まるアロハ・ハワイアンズのテーマ曲としてもお馴染みです。バツキーのスチールが二重録音でトロピカルなムードでやさしく、心地よく響きます。
  02 ハワイの結婚の歌_windows media player
                  
 アンデイ・ ウイリアムス、エルビス・ プレスリー で大ヒットしていますが、もと1925年ミュージカル「プリンス・ オブ・ ハワイ」のためチヤールス・ E・キングが作詞・ 作曲した作品です。
  03 ワイカプ~メカナ二・アオ・力ウポ~マウナ・口ア_windows media player      タヒチアン・ リズムのフラ・ ソング・ メドレー。
  04 ワイキキの浜辺で_windows media player   フラ・ ソングの名曲として愛されている作品で、バツキーの軽快な二重録音が楽しめます。  
  05 マイ・ワヒネ・アンド・ミ-_windows media player
「マイ・ワ ヒネ」とは「僕の彼女」の意味。サーフボードに乗っている時も、椰子の木陰にいる時も君さえそばにいてくればとても満足さ・ ・・ と いうような若い恋人達をテーマにした楽しい曲です。バツキー のスチールも軽快に歌っています。
  06 愛のモーニング・デュー_windows media player
         
 工デイ・ 力マ工の作曲による佳曲です。カリスマ的バンド「サンズ・ オブ・ ハワイ」の主率者でもあり、数々の作品を作曲しましたが、この「MORNl NG EW」が代表作品として知られています。
  07 タイニ一 ・バブルス_windows media player
       
                  
 2007年惜しまれつつ亡くなったトン・ホーの大ヒット曲。 トン・ ホーは1930年ホノルルに生まれ、1966年にリリースした「タイニ・バ ブルス」がハワイのみならず全米でヒット、ペスト10に長くランク・ インされていました。
  08 ホノルルの月__windows media player
           
1926年発表フレツド・口 一 レンズの作詞・ 作曲になる作品。 我が国にも戦前から入ってきており、デイツク・ ミネや川畑文子らのレコーディングが残っています。
  09 ナレオ・ハワイ~ハワイアン・パラダイス~プア・カーネーション_windows media player         次に収録の「シヤルメー 」とともに、このメドレーは珍しいバツキー 白片のウクレレ・ソロです。10歳のヒ真にはウクレレをマスターしていたというだけあり、高度なテクニックを披露しています。1963年の録音です。
  10 シヤルメー ヌ _windows media player マントバー二楽団のテーマ曲としておなじみの曲です。ハワイアン・ ソングではありませんが、バツキー のお気に入りだったのでしよう。 1970年の録音です。
Part_2 大橋節夫とハニーアイランダース
 大橋節の作品に触れてみよう。シンガー・ソ ングライターという言葉が流行ったが、彼は日本の第 一 号と 云えるだろう。 1940年16歳の時に作詞・作曲・演奏と1人四役をこなしたのが大橋ホッブスのスタートである. 以来500曲を上回る作品を書いているが、作風はその時代に応じて自在に変化するようだ。;都会の空を眺めればモダンな感覚に、ハワイの空を眺めばハワイのサウンズに、甘い恋の夢は哀愁に、淋しい別れは艶歌にと鋭い感覚が作品に変化を与えている。艶歌とハワイアンは全く共通性のないフレーズであるが、いとも自由に大橋ポップスは五線譜を飾っている。
 これらのことが、ハワイ音楽演奏家として大橋節夫を評価する人々から、彼の演奏を邪道であると云われた所以でもある。


「銀座タクト」に出演していた頃(画像クリック→拡大)
  しかしその功績は1986年ハワイ州知事から高く評価され、灰田有紀彦バッキー白片と共に表彰された。大橋節夫の創作したハワイl音楽に評価されたことは喜ばしいことである。 
   2006年6月7日 81歳没。1995年 勲四等瑞宝章受章

      (大橋節夫大全集鳥山親雄氏の解説をアレンジして引用) 
 曲名 
  01 小さな竹の橋で_windows media player 2:41 02 真珠貝の唄_windows media playe  2:54
  03 マリヒニ・メレ_windows media player  3:46 
  04 ナニ・ワイメア_windows media playe 2:53    05 お嫁においで_windows media playe 2:17   06 ハワイアン・マーチ_windows media playe 3:42
  06 グリーン・アイズ_windows media player 3:20   07 エストレリータ_windows media player 4:07  08 熱風_windows media player 3:26
   09 うそは罪_windows media player 3:43  10 涙のシルエット _windows media player 3:19  11 赤い花ポンセリューム_windows media player 3:20
  12 See You Tomorrow_windows media player 3:00 13_グッバイホノルル _windows media player 3:13  14 あの日あの頃_windows media player 3:06
  大橋節夫と唄おう
 15 サヨナラと云わないで 3:38 16 口笛吹いて  2:45 17 夢でハワイへ  2:13
 今夜もまたここでお別れ
 さよならと いわないでね

 白い夜霧 揺れる街の灯
 お休み 明日まで明日まで

※ああ いつの日にか
 消えてゆくあなたの後ろ姿だけ
 せめてもの 夢なのだから
 さよならと 云わないで

(※からくり返し)
 さよならと 云わないで
二人の夢が残る
  ポプラ並木の道に

口笛吹きながら 今日も歩いた
いつまでも さめるなと

 白い雲が 流れる
口笛吹いたら 涙も消えた

※今日もあの日のように
    唄ってみよう
微笑みかわした
  あの娘は今いないけど
青い空 白い雲
  ポプラ並木もそのまま
口笛吹いたら 涙も消えた

 (※からくり返し)
そよそよそよと 南風
 思いは飛ぶ ハワイまで
 行けることなら 二人して
 行きたいけれど 夢かしら
※アロハのシャツ 花のレイ
 ヤシの葉陰 踊ろよフラを
 夢 夢 夢よ 今は夢
 お金もない暇もない

 (※からくり返し)
  金もない

 
Part_3 大橋節夫&バッキー白片
世紀の顔合わせ!
 
   本アルバムは、1990年に、バッキー自片と大橋節夫のハワイアン界2大スターの初共演レコーディングとして企画され「ハワイアン世紀の顔合わせ」として大きな話題になったものである。バッキ亡き後も輝かしい活躍を続けていた大橋節夫が今年(2006)突然世を去つてしまつた今、日本のポピュラー音楽の発展に偉大な貢献をとげた両雄の交流の成果を記した本アルバムの再登場は、最近盛り上がりつつある八ワイアン再活性fヒの気運にも大いに資するものと歓迎したい。                       瀬川 昌久
 
*このアルバムは大橋節夫、バッキー白片ファンにとっては珠玉の作品です。
  曲名  作詞・作曲・編曲・唄
01 ホノルル娘_windows media player
大橋節夫作詩、パッキー白片作曲、編曲       
大橋節夫(歌)/バッキー白片(スティールギター)      3:28
02 マイ・リトル・チカディ_windows media player Frank C Skinner作詩・作曲、大橋節夫編曲           
バッキー白片(歌)/大橋節夫(スティールギター )      2:31
03 南国の夜_windows media player 駿河あきら作詩、Augustn Lara作曲、パッキー白片編曲      
大橋節夫(歌)/バッキー白片(スティールギター)       3:50 
 04 島は常夏_windows media player 島田馨 也作詩、バッキー白片作、編曲                  
大橋節夫(歌)/バッキー白片(スティールギター)      3:07 
05 あの星はママの星_windows media player 大橋節夫作詩作曲、バッキー白片編曲
大橋節夫(歌)/バッキー白片(スティールギター)       3:27
 06 ホノルル今日は_windows media player Phillipss作詩、F Felps作曲、大橋節夫編曲
バッキー白片(歌)/大橋節夫(スティールギター)       2:21
07 素敵なアロハをあなたに_windows media player バッキー自片、ディックミネ作詩、パッキー白片作 編曲)  
大橋節夫(歌)/バッキー白片(スティールギター)       3:14
08 倖せはここに・俺はお前に弱いんだ_windows media player 大橋節夫作詩・作曲、パッキー白片編曲
石巻宗―郎作詩、バッキー白片作、編曲           
大橋節夫(歌)/バッキー白片(ステイールギター)       4:57
 倖せはここに_windows media player  大橋節夫のオリジナルです。